1000馬力のキハ07

1.キハ07-204(キハ07-901)

 引退を待って静かにたたずんでいたキハ07にある日、華々しい仕事が舞い込んできました。新式のエンジンを載せて走行試験をやって欲しいと。 そのエンジンはなんと1000馬力以上。 その恐るべき性能は当時の気動車の世界に限らず、鉄道車両界においても衝撃的なものでした。
 まさに小学校の運動会にオリンピック選手が踊り出たようなものでした。 ガスタービンのことを知らない人々にとって、それは何かの間違いではないか、その資料は印刷ミスではないかと思わせたほどでした。
 国鉄は在来線120km/h運転実現後の次の目標として130km/h運転、そしてさらに効果的な曲線通過速度向上を掲げました。 電車では連接振子方式を採用するものの動力方式に大きな変更は予定されませんでした。 しかし気動車ではそうは行きませんでした。 当時の技術では181系あたりが既に性能向上の限界とされていたため、ディーゼルによらない、まったく新しい動力を必要としていたのです。

 その切り札として注目されたのがガスタービンエンジンでした。ディーゼルの10倍以上の速度で回るこのエンジンは同じ出力でも当時の車両用ディーゼルの1/20〜1/50という、信じられない軽さでした。 ディーゼルよりずっと軽いガソリンエンジンでさえもあっという間に空から追い払われたのです。 その軽量高出力性能は尋常なものではありませんでした。 ガソリンエンジンでもとりあえずは飛んでいた当時のヘリコプター、それを一気に高性能化したタービンエンジン、その意義は航空界では有名な話です。
 ディーゼルによる非電化高速列車開発で曲がり角に直面していた当時の国鉄、非電化線区用の高速軽量気動車を実現するにはこのエンジンに頼る以外方法はなく、やかましくて燃料を大食いするという欠点もこの際目をつむることとなったのです。 電気運転がもたらす性能をそのまま非電化にと世界が挑戦していた時代でした。 航空界の奇跡を鉄道に、まさにガスタービンは魔力を秘めたエンジンのように期待されていた時代でした。

 さまざまな試験の後、181の台車をはいたキハ07の床下にガスタービンエンジンが搭載されたのです。 なんと変速機もありません。床下には軽自動車のエンジンほどの小さなガスタービンが防護用の金属枠に囲まれていかにも存在感の無い姿でぶら下がっていました。そばにある大きな消音機に圧倒されるかのような光景でした。 しかし、出力はなんと1050馬力、設計速度は150km/h、液体変速機も無い、直結1段という電車みたいな駆動方式、どれもがこれまでの気動車の常識を逸脱し、日本最強、最速の恐るべき気動車が誕生したのです。 しかもそれがキハ07に載ったのですから異色です。

 音もさぞかし勇ましかったはずです。何しろ、正真正銘のターボですから。このサイトでご紹介している181系のターボチャージャーも顔負けのキーンを響かせたことでしょう。 録音が無いのが本当に残念です。

2.電車を超えて

 下が主な車両との加速力曲線の比較です。
色別に、
キハ07-204、181系7M、82系5M2m、485系8M4T(DC1500V)です。 キハ07は台上試験で行われていた5ノッチ153km/h推進軸伝達馬力1050馬力での設定値のようです。 軽量なキハ07の車体に1000馬力以上のエンジンが載ったわけですから変速機がなくてもその加速は桁違いでした。

 あれほど強力に見えた181系はもはや敵ではありません。 当時の電車としては最強クラスに属する485系8M4Tが直流1500V、20%過負荷運転でがんばっても遠く及びません。 その気になれば碓氷峠も70km/h以上で駆け上ってしまう驚異の気動車。 変速機がないので低速トルクが弱いためかろうじて粘着限界を超えない状態です。 しかし、2軸式ガスタービンの特徴的なトルク曲線がそのまま反映され、起動加速力はやや低めとなるものの3.4km/h/sを超え、100km/hでも2km/h/sに迫る加速余力を残しています。 ちなみに動力試験台上とはいえこの車両は153km/hの連続性能試験が行われました。 狭軌非電化新幹線など構想していたわけでもないのになぜこんな速度を設定したのか不思議です。

 上の図は平坦線の加速を表しているのではありません。33パーミル勾配での速度-時間曲線です。
 33パーミルすらものともしません。 2分後には120km/hを超えてまだ加速します。485系も当時の最強編成で、直流20%過負荷運転しても100km/h出ないのです。

 さすがにこれだけの高性能は当時としてはもてあます状況ですから付随車を連結することとなりました。 試験ではエンジンアイトリングで変速機は中立状態のキハ58を従えていました。 自分より重いキハ58を死重としてつれての走行ですから加速性能は半分以下になりますが、それでも当時としては相当のものでした。 MT比1:1という編成がガスタービン車では当然であり、計画の中には181系編成をモデルに先頭車を2000馬力以上にした上、大容量リターダによる抑速ブレーキを内蔵した2M7Tといった、気動車とは信じ難いような列車すら構想されていたのです。


「ターボトレインのサイト」様のご好意による


 最新のキハ187のデータが手に入ったので比べてみましょう。下の
この色がキハ187 2M編成です。 今度は平坦線の加速を見ました。

 さすがの187系も4段変速で出だしをがんばっても1分では110km/hに届きませんが、キハ07は軽量大出力に物を言わせて130を超え、70km/hあたりからはまったく追随を許しません。 変速機がないためジェット機のような切れ目のないスムーズな加速が最高速まで続くのです。
 無論、当時このクラスの気動車をオールMで走らせるような構想はありませんでした。 6M5Tとか4M7Tという、当時としては実に現実的な構想が出ていたようです。
 181系が営業運転にこれから就こうという時代にM車単体とはいえ、すでに倍以上の性能を持つ途方も無い気動車が検討され、試作、性能試験されていたわけで、当時の高速気動車への期待の高さかまざまざと感じさせられます。
 このページでキハ07を最初に紹介した当時、2000系や281系では直接性能比較するにはあまりに差がありすぎて比較資料は掲載しませんでした。 しかし、キハ201、261、187といった気動車の登場でディーゼルでまかりなりにもこのキハ07に挑戦できるレベルに達したわけで、国内気動車の歴史でひとつの区切りを迎えたといってもよいでしょう。

 2回目の走行試験では、床上搭載用にガスタービンの種類を変更(KTF-1430)し、減速機構をエンジン自体に内臓したものを流用、前回より減速比は大きくなり、より低速運転向けの現実的な設定となりました。 しかし、駆動台車が片側のみで2軸駆動であり、減速比が大きくなった分低速引張力が強くなり、ガスタービンを800馬力までパワーダウンして使用しないと空転してしまうという状況でした。

 こうして来るべき在来線高速運転用気動車の準備は進んでいったのです。

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