電車に勝てるか?
1.加速性能を決めるもの
軽くて力が強いほど加速力は良くなります。ならば車両の重量と出力の比を調べれば大体性能を予測できるはずです。
余談ですがトルクは関係ないのかとしばしば質問を受けます。 出力はトルクに回転数をかけた値ですから同一出力で適切な減速機を装備した車両ならトルクの大小は基本的に関係ありません。 ディーゼルはトルクが太いからとかガソリンエンジンはトルクが細いとか言われますが、減速機が適切なら動輪周引張力は同じとなり、結局加速力も同じになります。 キハ391のページで述べていますが、トルクで関係してくるのは回転数に応じてそれがどう変化するかという点です。 このサイトにエンジンによるトルク特性の違いとその影響が解説されていますので参考になると思います。
速度と動輪周引張力特性の違い、その極端な例はこれから述べる電車との比較でも見ることができます。
早速数字を見てみましょう。下の表は各列車の重量あたりの出力を表します。 重量は営業運転状態で100%乗車の総重量を用いました。 なお、181系は運転整備重量が先頭車で44トン、中間車で42トン程度であり、積車でもこの表よりかなり軽くなる計算ですが、国鉄が加速力曲線作成に使用していた値をそのまま使いました。
形式 | 総重量(t) | 出力(PS) | トンあたり出力(PS/t) |
181系気動車 7M | 350 | 3500 | 10.00 |
181系気動車 11M1T | 592 | 5000 | 9.30 |
82系 9M4m | 625 | 3960 | 6.34 |
58・28系 9M2m | 515 | 3600 | 6.99 |
485系電車 6M6T | 517 | 3913 | 7.57 |
485系電車 8M4T | 529 | 5217 | 9.86 |
381系電車 4M2T | 251 | 2609 | 10.39 |
165系電車 6M6T | 512 | 3613 | 7.06 |
165系電車 6M3T | 389 | 3613 | 9.29 |
この表を見れば旧系列の気動車も健闘しており、6M6Tの電車にほぼ匹敵、181系では8M4T編成に並びます。
2.電車の秘密
この表のとおりなら昔から気動車が電車より遅い、非力だと言われてきた理由がわかりません。しかし、電車にはこの種の表には現れない恐るべき秘密があったのです。
下の図は上の表でほぼ同一性能に見える58・28系9M2m編成と165系6M6T編成の動輪周出力が速度とともにどのように変化するかを見たものです。動輪周出力は両者を直接比較できるよう、やはりトン当たりの出力としています。
黒線が165系、青線が58系です。58系は6PS/tと、伝達ロスを考えると概ね妥当な出力を発生していますが、165系電車はなんと10PS/t以上になっています。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。 それは電車というか、電動機の持つ恐るべき特性が関係しているのです。 電動機の回転力を決定するのは電流ですが、電動機は短時間であれば内燃機関と比べると相当の無理がきくため、比較的力行時間の限定されている在来線の電車では定格を超えた電流値で運転可能で、電源側(変電所、制御器)が許す範囲で電圧も設定可能なため、結果的に定格出力を大きく超えた設定で走行するようになっているのです。
一方、気動車のディーゼルエンジンは寿命の関係であまり無理がききません。 通常は定格か、その1割増し程度で走るように設計されます。
つまり、気動車は500馬力といえば500馬力であるのですが、在来線の電車は500馬力といっても実際は700馬力から800馬力の性能で走っているわけです。 当時の電車の主力電動機である整流子電動機でも定格電流の20%増しで運転するのは当たり前で、直巻電動機の場合、引張力は40%増となり、供給電圧が不足する中高速域は弱め界磁でトルク低下(逆起電力による電流低下)を補い大きな出力を発生しているのです。
その後誘導電動機駆動となると整流子が不要となり焼損の危険性が消え、さらに過電流運転を許容できるようになりました。
左の図は383系と381系4M2Tの有効出力が速度とともにどう変化するかを見たものです。 青い線が383系です。 編成出力はそれぞれ1920KW、1860KWと僅差ですが有効出力には2割近い差となっています。 電源側(制御器側)の許容するところまで電圧とすべり周波数を制御することで高速での出力低下も少なくなっています。
電気でも機関車や新幹線のように力行時間が非常に長い車種ではこのような無理な運転はしませんが、勾配も短く、短時間の力行惰行を頻繁に繰り返す在来線の電車では有効に性能を発揮できるように設定されているのです。 (電車では地上設備が性能に影響を与える面があり、ある意味で弱点にもなります。 同一列車でも運転区間により変電所など給電設備に制約があると架線電圧低下による性能低下が起こり、ダイヤ査定時に区間に応じた加速力曲線を使用し、運転時刻表にも複数の速度種別が表記されることがあります。)
もうひとつ電車にはディーゼルに無い特徴があります。 この図で、各車のピーク出力に注目すると、ディーゼルの場合最高速度で出ますが電車では中間の広い速度域で発生します。
列車の運転を考えた場合、最高速度付近で運転する時間はわずかですが、中間の速度は加速時に頻繁に利用するわけで、そこで最高出力が発生できる電車は非常に有利ということになります。
ディーゼルにも電車を上回る部分が無いわけではありません。 起動直後からしばらくの引張力(加速力)は大抵の電車を越えています。 これは液体変速機の効果で、電動機といえども直結1段ではトルクが不足するのです。 上述のように電動機は直巻電動機なら電流を倍流せばトルクは4倍になります。 しかしブラシ、整流子、巻線などの加熱損傷から限度がありました。
しかし、残念ながら液体式気動車の得意とするこの領域が実際の運転で有効となる場面はほとんど無いのです。
この図からまず想像されることは、平坦線向け電車並みの動輪周出力を持とうと思えば、気動車は58系の1.6倍のパワーが必要ということになります。181系でやっとこれに近づけたという状態です。
この図は181系6M、485系6M6T直流区間、485系6M6T交流区間での比較です。
最高出力では181系と直流運転の485系が互角、485系も交流運転では中速域で辛うじて勝つ程度です。 交流区間では変圧器容量と脈流運転の制約で中高速域で電車の出力がかなり落ちることがわかります。
しかし、直流の場合、6M6Tでも中速域で181系を上回ってしまいます。
実際の加速を見たのが次の図です。縦軸が速度(km/h)、横軸が時間(秒)です。
まず平坦線を0からスタートしたものです。
やはりトルクコンバーターを持つ181系の出だしは飛びぬけていますが、90km/hで485系直流運転に負けてしまいます。面白いことに、高速になると181系は最高出力を如何なく発揮するようになり、再び485系に勝ります。
交流運転の485系はさすがに6M6Tでは苦戦を強いられ、気動車にも勝てない電車に成り下がってしまいます。
次は10パーミル勾配上を50km/hから加速したものです。
ここは181系が一番苦手なところです。交流運転の485系にもなかなか及びません。 速度が上がるにつれて電車は出力が落ち、一方181系は出力が上がるため、100km/h付近からどんどん挽回します。 しかし現実には90km/h以下がほとんどの地方線区では威力を発揮できないことになります。
6M6Tの電車相手でこの状態です。 8M4Tといった山岳線向けの電車と比較するとどうなるでしょうか。 次の図は平坦線での加速を181系7M、485系8M4T交流区間、183系8M4Tと比較したものです。
トルクコンバーターの威力で8M4T編成の電車相手でも出だしは181系のほうが強いのですが、30km/hを超えると加速力で負けるようになります。 さすがに高速域では交流運転の485系より加速がよくなりますが軽量で高速の落ち込みの少ない直流の183系にはまだ及びません。
上記の図と同様に10‰勾配上を50km/hから加速したのが次の図です。
100km/hまで加速するのに交流区間の485系と比べても倍以上の時間を要しており、この速度域での当時の気動車の加速の悪さを表わしています。 しかも悲しいかな、この速度域は地方幹線で最も多用される速度域なのです。
次の図は10‰勾配上での100km/hからの加速を見たものです。、高速域では挽回するようになり、山岳線向けに開発されながら皮肉にも高速域で強いという181系の特性をよくあらわしています。
3.ではどんな気動車が必要か?
上で見たように181系は条件が整うと平坦線向け編成の電車相手であれば勝てる気動車であり、平坦線の高速運転に限れば当時の山岳線向け編成の電車とおおむね互角に運転できる気動車であったわけです。 「つばさ」や「おき」のように東北本線や山陽本線を直結120km/hで疾走していたころの181系はその性能を存分に発揮していたのです。 山陽では電車が高速域で性能低下の少ない直流運転とはいえ同線の営業列車は非力な平坦線区向け編成、一方東北では山岳線向け編成が主体であったとは言え変圧器容量や脈流運転の制約がある交流運転区間が長く、高速域での加速性能は今ひとつでしたから、181系は電車と互角か互角以上の健闘をしていたのです。
しかし、その後の181系が投入された低速運転主体の平均的な非電化線区での運用では実効的な性能は6M6Tの直流電車並がせいぜいとなってしまうのです。
では中速域で強いという電車の特性まで考慮するとどんな気動車が必要なのでしょうか。
1つはさらに出力を上げることです。下の図は181系の出力を1両当たり670馬力にした場合の例です。 ここで670馬力というのは1600回転/分での出力で、2000回転なら800馬力に相当します。 補機駆動にかなりの動力を振り向けなければならない現代のの気動車であれば900馬力を超えるものが必要となります。
これなら中速域でもほぼ6M6Tの電車に並び、高速域ならはるかに凌駕してしまいます。
余談ですが、ディーゼルが電車より高速での加速に強いという点を実感する例として、東海道山陽区間での新快速と「スーパーはくと」の走りの差でしょう。 いずれも高速域での運用が主体。 新快速は停車駅が多めという関係でかなり厳しいダイヤ設定となっており、しかも編成が平坦線用で特に高速域で加速の悪い編成ということもあり、130km/hまで加速するのがいかにも苦しく運転士が無駄な遅延を避け一生懸命でやっているのが伝わってきます。
一方「スーパーはくと」はすでに1世代前の気動車となり冷房中の場合、高速域では往年の181系+α程度の性能の気動車ですが、それでも高速での加速はいかにも余裕を感じるといった走りです。 特に100km/hあたりから上では数‰の登りがあっても息切れしそうなほどフルノッチ運転が必要な新快速に比べ、「スーパーはくと」はすんなりと最高速に達し、すぐにノッチを戻すといった走りです。
(SS氏のご好意による)
もうひとつの方法として、中速域での落ち込みを少なくする方法が考えられます。しかし、ディーゼルエンジンは回転数に関係なく回転力が一定という傾向があり、結果的に回転数と出力が正比例するということになります。
何十段もの機械式変速機をつけない限り途中での落ち込みを少なくすることはできず、このような変速機は現実的ではありません。 CVTのような機械式無断変速機は鉄道車両にはとても容量と強度が足りません。 一方、電気式トランスミッションなら理想的なトルク変換が可能ですが、ディーゼル発電セット自体の重量や当時の電動機の重量を考えるとやはり厳しいものがあり、当時は視野にもなかったようです。
結果的に出力向上しかないのですが、当時は既に限界に近い状態。181系が実質的に590馬力を超える気動車として走っていたわけで、これを考慮すると、1両800馬力以上の性能を持つ気動車が登場しない限り、真の意味で電車に勝つことはできなかったのです。 主機関から冷暖房などの補機駆動用の動力をとり、定格出力での運転が標準の現代の気動車で言えば950馬力くらい必要ということになります。
このような状況下、当時はガスタービンしか解決策がなかったのはご存知のとおりです。 しかし、ディーゼルでもついにこれを達成する時を迎えたのです。 20世紀末になったとはいえ、JR北海道のキハ261にいたっては460馬力エンジン2台を搭載、ついに1両920馬力に達し、JR西日本のキハ187は450馬力2台のオール2エンジン車というディーゼル史上最強編成となったのです。