高速運転用試験気動車

1.新しい物尽くめ

 高速運転用試験気動車・・・・・なんとも頼もしい名前でしょう。 わが国初の実用試験ガスタービン車両はこう呼ばれました。

 それは非常に多くの新しい機構を取り入れた意欲的な気動車でした。 駆動装置はガスタービン、しかも床上搭載、変速機無しの特殊な駆動装置、 当時、推進軸の問題で振子する車体に搭載したエンジンからスムーズに台車に動力を伝えることができず、動力車は非振子、その非振子の動力車と振子する付随車を特殊な連接機構でつなぎ合わせるための中バリ方式と呼ばれた独特の支持機構、台車芯皿移動と舵取り装置による横圧軽減機構、従台車に小径車輪まで使った前例の無いほどの低床化、低重心化、電車を越えた画期的な軽量化など、将来の高速運転のために実用化しなければならない基本技術を詰め込んだような、まさにその名の通りの試験気動車だったのです。

 

2.やはりすごい騒音

 中間の動力車は1050馬力の出力ながら、全長7.6mという異常にコンパクトなもので、両サイドの車体の重量を支えながら軸重10トンという軽さを実現していました。それはディーゼル発電機まで乗せての重さです。 動力車と客室が分離されている関係で客室内の騒音は問題ありませんでしたが、車外である条件が重なった場合、このサイズの吸排気消音機では不十分でした。

 高速運転している時は車外でもフルノッチでも在来車と比べて特に問題となる音ではありませんでしたが、スタート時のフル加速が問題となりました。 ガスタービンは出力軸を停止した状態で全力になると、極端に大きな音を発するのです。 液体変速機がないため発車時にはガスタービンが回転数0からスタートします。 しかも低速トルクの不足をフルノッチでまかなうとなるとガス発生器からの大量の高速燃焼ガスがパワータービンにぶつかり大きな音となるのです。
 特に排気口が真上に向いている関係で、その上に音を反射するようなものがあると地上は轟音に見舞われました。 トンネル内は屋根上から放射されるタービン音が反響し、駅でもホームの屋根による反響が大きな影響を与えたのです。 とりあえずは7ノッチ起動を5ノッチ起動することで許容値に収まるため、駅では5ノッチ起動とすることで対応するつもりだったようです。

 

3.面白いエンスト

 このような試験車の初期故障は常ですが、ここに機械式ガスタービン特有のエンストが起こることがわかりました。
 25パーミル登り勾配のトンネル内でフルノッチ起動すると、数十秒後に毎回エンジン保護回路が働き停止してしまうのです。 原因は自分の排気ガスにありました。天井にある排気口と側面の吸気口がすぐそばにある関係で、自分が吐き出した高温の排気ガスを再び吸い込んでしまい、エンジンがオーバーヒートしてしまったのです。 平坦線であればすぐ加速して高温の排気ガスは拡散されますが、勾配途中では加速が悪く、トンネルの天井に吹きあたった排気ガスがそのまま側面に流れてしまうのです。 7ノッチ起動を6ノッチ起動とすることでこの現象は回避されましたが、加速が悪く運転時分に悪影響を与えます。 そこで屋根に排気ガスの案内板を設けて排気ガスが側面に流れ込みにくくされたのです。

 

4.クラッチの廃止

 伝達する出力が1000馬力を超えるため、クラッチの強度も問題となり、しばしば故障しました。 結局解決策はクラッチの廃止しかなかったのです。 ガスタービンと車輪は完全な直結状態となり、逆転機作動時以外、両者の連絡が絶たれることはなくなりました。

 

5.驚異のパワー

 問題の多かったキハ391ですが、その性能はやはり当時の気動車とは次元の異なるものがありました。 何しろ、乗車率100%積車重量が80トンを切り、75トン程度に収まったようで、その軽量性はすばらしいものでした。 連接構造が異なるため直接比較はできませんが、同世代の高速車両として登場したクモハ591振子式高速運転用試験電車は100トン、 キハ281など現在の高性能気動車でも同等編成が積車では90トンを越えてしまいます。 現在最高性能の部類に入る383系電車が75トン程度、まさに最新電車並の軽量性を誇っていたのです。
 現在の気動車はディーゼルでも十分な性能を持つにいたりましたが、エンジン出力が高くなってもその10%から20%を冷房や電源などの付属用動力として取られてしまうため、走行に有効利用できる出力がかなり低下します。

 下の図はキハ391の性能曲線です。 加速力および引張力を示しています。 20パーミルを100km/hで登る性能はまさに電車並で、当時としては抜群の性能でした。


 下の図は、
キハ391キハ281キハ852000系で、実際に動輪上で有効に利用できる出力が速度とともにどう変化するか見たものです。 相対的な比較ができるよう、重量あたりの出力(PS/t)で表示しています。

 ディーゼル各車は変速機があるため低速から中速までは391より有利ですが、特急車両がよく使う70km/h辺りから上では優位性は低くなり、高速ではガスタービンの優れた出力特性に追いつけなくなっています。 自動車でよく言われる、トルクの太さというのがまさに効いているのです。 低速回転でトルクが落ちにくいエンジンをトルクの太いエンジンとこの分野では表現されますが、2軸式ガスタービンではトルクが低下するどころか、低速ほどトルクが大きくなるのです。 始動時のトルクが最大で回転数が上がるほどトルクが低下するというのはまさに変速機を内蔵しているようなものなのです。
この辺りはこのサイトに詳しく述べられています。

 近年の新世代ディーゼル動車はトン当たり出力が15馬力を越え、キハ391の14馬力を凌駕していますが、上述のように走行用動力の1部を割いて冷房や電源用動力に回す関係で、見かけよりもかなり性能ダウンしてしまい、専用電源を別に持ち、ラジエータや冷却ファンまで不要なガスタービンと比べるとかなり不利になります。
 何はともあれ、30年以上も昔にこれほどの高性能気動車があったことはまさに驚異としか言いようがありません。

 試しに181系を苦しめた板谷峠に入れたらどう走るかシミュレーションしてみましょう。 

キハ391は曲線制限を本則+25km/hとしていますが、意外に速度が伸びません。 変速機が無い直結1速ではトルクの”太い”2軸式ガスタービンのトルク特性をもってしても1050馬力での板谷峠越えは苦しいようです。 391に搭載されたガスタービンの原型である軍用のT58は1400馬力までありますので、出力を上げて見ましょう。 1250馬力の設定としたのが次の例です。(391に搭載されたガスタービンでは30分定格とされていたようですが、この設定で実際の走行試験が行われたことはなかったようです)

200馬力向上しただけで走りは別物となります。 新世代気動車の初代に属する85系、2000系、281系、283系などはもはや敵ではなく、中間速度域で485系8M4T直流運転にならび、高速域では遥かに凌駕してしまいます。

1400馬力としたのが次の図です。

ここまであげるとキハ187をしのぐようになり、33‰もぐいぐいと登って行きます。 ガスタービン車両は当時の効率の悪い電気式でありながらTGVの試作車のように300km/h以上の連続運転を実現しており、環境が許せばこのようなすさまじい性能を数十年も昔に実現できたわけで、航空界に限らず、様々な領域でこのガスタービンの魔力に誘惑され、虜になった技術者も多かったのです。

6.神か悪魔か、オイルショック

 1973年、有名なオイルショックが世界を襲いました。 鉄道界も例外ではありません。 大量のエネルギーを消費するスピードアップの多くは見直され、狭い日本、そんなに慌ててどこへ行くといった交通標語のような雰囲気が蔓延しました。 新幹線のスピードダウンすら話題に上る深刻な状況だったのです。 しかもさまざまな面で国鉄経営は破綻を迎えつつあり、もはや国鉄に生き残りをかけて高速列車を開発する余裕は無い状況でした。
 こうして燃料を大食いするガスタービン列車は中止となったのです。 量産車の設計まで始まろうかというところまで行っていたのですが、これらが日の目を見ることはありませんでした。

 

 一方、ディーゼルにとってはある意味で幸運だったのです。 高速気動車の地位をガスタービン動車に奪われる直前、まさに神風が吹いたようなものです。 キハ47やキハ183のような、性能的には後退したような車両が登場することにはなりましたが、得意の高効率をさらに高める時間的ゆとりができ、折からの精密電子制御技術の普及と相まって、将来の高性能ディーゼル動車開発の機運が生まれることとなったからです。

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