機械式エネルギー回生

1. 高効率オイルポンプ・モーター

 鉄道車両でのエネルギー回生といえば電動機と発電機、蓄電池を組み合わせた方式が常識となっています。 機械的にこれをやろうとしたらゼンマイや圧縮ガス、フライホイールなどにエネルギーを蓄えるということになりますが、車両の運動エネルギーを回生、放出できる、効率的で車載可能なシステムはありませんでした。 鉄道車両サイズでは容量と大きさから高速回転するフライホイールになりますが、まず車軸から動力を蓄エネルギー装置に送る方法がネックとなります。 油圧ポンプ、モーターであればこの受け渡しは可能ですが、効率が低く電気式回生システムに勝てません。 しかし、イギリスのArtemisという会社はDigital Displacement hydraulic pump-motor transmissionという、部分負荷でも非常に効率の良い油圧ポンプ、モーターを開発、実用できる段階まで進んでいます。 バスや乗用車ではこの装置と圧縮ガスによるエネルギー回生の試験が行われています。
同社は三菱重工に買収されており、三菱重工はこの技術を使って風力発電機のブレードの回転数を発電機に適した回転数に変換するシステムを実用化しています。 

. 気動車への応用

 Ricard社はBombardier社と協力し上記システムを鉄道車両へ応用、同社の高速フライホイールを組み合わせ、制動時に列車の運動エネルギーをフライホイールに蓄え、液体式ディーゼル動車発車時に使用する試験を行っています。
液体式気動車は発車時に効率の悪い液体変速機を使用する必要があり、この部分を集中的にアシストすることで小容量の回生システムで効率的に燃料消費を改善しようと試みています。
 論文は英文ですがこちらからダウンロードできます。 概略を以下にご紹介します。

次の図がシステムの構成です。

フライホイールは質量22kgの炭素繊維の複合材料でできた回転体を真空容器内で45000rpmで回し、4.5MJのエネルギーを蓄えることができます。 回転体の回転力は磁気歯車により非接触で外部に伝えられるため、軸受からの空気侵入がなく、フライホイール内を真空に保つための真空ポンプが不要となっています。
4.5MJのエネルギーとは電力で言えば4500KW・秒のことで、これは450KWの出力なら10秒間、45KWなら100秒間供給可能なことを意味します。
最終的にフライホイールは減速比5.75:1て油圧ポンプ・モーターに結合された状態になり、さらに油圧ホースを介して液体変速機の出力側に並列に配置されたもう一つの油圧ポンプ・モーターとつながります。

 この油圧ポンプ・モーターの特徴は部分負荷での効率が高いことです。 下の左の図が全負荷状態での効率と回転数の関係で、従来の油圧ポンプ・モーターでもそこそこの効率はありますがこのシステムはそれを上回ります。
 右側の図は20%部分負荷でのもので、さらに優位に立っています。

液体式ディーゼル動車の場合、起動からある程度の速度まで液体変速機が必要で、多段式変速機になって以前ほど高速まで液体変速機で引っ張ることはなくなりましたが、イギリスのように160〜200km/hで走る列車では日本から見ると相当高速まで変速運転を強いられます。 現在のフォイトの変速機は機械式2速または3速ですが、最高速度が高いためキハ181系並の豪快な変速運転となります。 下の図はフォイトの2速のものの効率を示したものです。 日本と異なり直結段も流体継手を介していますが、流体継手は効率が高いため高速域は損失が低くなっています。

32km/hまで加速する場合を見ると平均効率は30%という低さで、こういう速度域を重点的にアシストして燃料消費を減らします。

3. シミュレーション

次の図は停車駅前後の走行状況、回生状況をシミュレートしたものです。 約200km/hから制動を開始、フライホイールにエネルギーが吸収され回転数が増えます。
駅停車時にはほぼ許容量に達しています。 発車はフライホイールからのトルクを主に使用し、100km/hあたりで貯めていたエネルギーがほぼ完全に放出されます。 回転体にかかるトルクは磁気歯車がトルクリミッターとして作用し25Nmで抑えられていますので、不足分は制輪子、あるいはエンジンの力で補います。

一番下の図では列車の加減速に要求される力に対し、フライホイールが分担した割合がわかります。

4. 省エネ効果は?

イギリスでの一般的な路線では10%程度の省エネ効果しかないようですが、システムが低価格なことから採算性はあるとし、5年程度で採算が合うようにすることを目標にしているようです。
次の表はフライホイールの容量別に採算性がどう変わるかシミュレートしたものです。

9MJ以上は上記のフライホイールを複数搭載した場合の計算で、容量が上がるほどアシスト可能速度が上昇、発車時の効率が向上しています。 なお、これらの図表の速度の単位はイギリスですのでマイル/時となっています。 所要コスト別に採算性を計算しており、最短では3年半で元が取れるとなっています。

 一方、このシミュレーションでは2013年当時の軽油価格を元にしており、原油価格が半分以下になっている現在、状況は不利になっています。 シェールオイルの商用化以降、石油枯渇の叫びはすっかり影を潜めました。 アメリカの産油国化、中東依存の減少、中国経済の停滞が続く間は元の原油価格に戻る可能性はなく、これからの採算性は再検討が必要でしょう。
 電気式のハイブリッドシステムも高効率化、低価格化が進んでいますがこちらも原油価格が下がると採算面では厳しい状況です。 電気式の場合はリチウムイオン二次電池の次を担う二次電池の開発が徐々に進んでおり、自動車用という巨大市場があるため大規模な研究投資が行われており、電池の性能、価格は大きく変わる可能性を秘めています。 これらの動向次第では電気式が価格面でも有利になるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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