ある提案
国内では動力分散方式の列車が主流ですが、海外では集中方式をとる例が多く、特に高速優等列車では集中方式が主流です。 内燃車両の場合、激しい騒音と振動を発生するディーゼルエンジンを客室に接近して装備する必要がある分散方式は優等列車では客室環境面で非常に不利で、国鉄時代後期、老朽化した82系の置き換えを目的に両端に機関車級の動力車を配置したプッシュプル方式の列車を検討した時期があります。 JTBパブリッシングから最近発行された「幻の国鉄車両」という書籍にこのころ構想された面白い試案が掲載されています。 同誌によると当時の技術でDML61Z系列を高出力化できることを前提に、1600馬力化されたDML61Z系を1台搭載した動力車を両端に配し、中間に軽量客車を挟んだ構成の列車で、電気式および液体式それぞれについて検討が行われたと記されています。 国鉄時代の当時でさえ編成が長くても6〜7両程度という四国であれば、動力車出力を大きくできないディーゼル集中方式でもある程度の列車性能を確保できたのです。
軽量化のため交流発電の電気式とし、電動機は201系電車のものを採用、軸重増加を抑えるためエンジン搭載車は片台車のみ電動機を搭載、TGVのように次位の車両の両台車にも電動機を分散配置する準動力集中方式とし、電動機出力と粘着不足をカバーする設計となっていました。 そのためディーゼル電気式でも動力車の軸重は13トンに収まるとされ、8両編成で181系7両編成と同等の定員を確保しつつ全体で積車重量が308トン程度と181系7連よりも軽量化可能と試算しています。 VVVF誘導電動機駆動の技術がまだ実用化されていなかった当時、上質の客室設備を要する優等列車をこの重量で実現できたかやや疑問を感じる面もありますが、その当時の電気式でも直結段のない液体式よりは効率・重量の両面で有利とされていたようです。 昭和50年代後半に四国各線向けに検討されたこともあり、設計速度は95km/hとまだ非電化区間の高速化に積極的でなかった時代を反映して保守的なものとなっています。
これらの資料を基にスーパーノッチマンの列車登録機能を使ってシミュレーションをして見ましょう。 下の図は181系7連と今回の試案8連との加速力曲線を示しています。 伝達効率については78%として計算しています。 軽量設計の車体、低速志向の減速比と電気式の持つ低速からの高い効率が威力を発揮し、低速域は粘着制御を要するほどで加速力も181系を大きく上回り、100km/hまで181系を凌駕し続けます。
電気式は液体式に比べ省エネの面でも有利です。 直結段を持つ気動車では伝達効率が非常に高く、電気式でも最大効率はいまだに及びませんが、最近の高効率永久磁石同期電動機、永久磁石発電機、低損失電力変換機から構成される電気式は総合効率が90%を超えるほどになり、エンジンを最適状態で運転できる電気式が状況によっては有利となります。 たとえディーゼルでも回転数と負荷状況で効率が大幅に変化する関係で、エンジンを最適状態で運転できる範囲が広い電気式は価格面での問題が解決すれば主流となるでしょう。 将来的に改善余地のほとんどない液体式、機械式に比べ、電気式は炭化珪素素子を用いた電力制御システムや高磁力永久磁石電動機など素材面で更なる可能性を秘めており、まだ発展の余地を残しています。
運転時分を示したのが下の図で、181系より1分近く短縮しています。
四国でも国鉄末期になるとスピードアップの機運が高まり、最高速度も95km/h、85km/hから徐々に向上され、120km/hを達成することになります。 もし95km/h設計であった場合、初代183系のように後々にもてあますことになったはずです。 下の図は181系を120km/h運転させたときの運転時分で、やはり差がついています。
この試案車両は120km/h運転にも支障がない性能がありますので減速比を変えて見ましょう。 次の図が120km/h対応としたときの加速力曲線です。 さすがに低速域の加速性能は落ちますが、電気式の定出力特性の効果で低速以外は影響なく、110km/h付近から181系に負けるものの十分な性能を持っています。
運転時分でもほぼ同等で、181系が後年実質的な性能ダウンを余儀なくされたことを考えるとこの試案列車も120km/h設計を行っていれば、後に実際に登場する185系より有利だったわけです。
現実にはその後に訪れる、当時としては想像もできなかった優等列車の短編成化の波に乗ることはできないわけで、結果的に集中方式を採用しなかったのは正解だったようです。
あの当時、忘れてならない国産大出力ディーゼルエンジンがあります。 DE50に搭載されたDMP81Zです。 「幻の国鉄車両」によるとこれを使った案も出されていたようです。 ただしこれはエンジンが量産されているわけではなく、高出力化による速達化の効果を見るための単なる比較のためのもので、まったく実現を意識したものではなかったようです。 ここまで来るとさすがに4軸では軸重が15トンに達してしまうため問題となり、軸配置はB-B-Bと6軸となりました。 6軸ならば電動機を動力車に集中しても車両重量は62トンとなり、軸重は10トン程度に抑えることができるため次位車両への電動機分散は不要でした。 この車両を120キロ設計にしたものと上記の各車について加速力曲線を比較したのが次の図です。
図で紫の曲線がDMP81Z搭載列車で、全速度域で181系を凌駕し、33‰均衡速度は70km/h以上、25‰では90km/hに達し、当時の電車にある程度迫りえるものでした。 この構成は編成や重量あたりの出力がイギリスのインターシティ125によく似ています。 1970年代初期の技術を元に加速を犠牲にしてでも平坦路線でなんとか200km/h運転を実現したインターシティ125の努力は画期的だったともいえるでしょう。
北海道は当時、四国以上に特急車両の老朽化が進み、183系の投入が始まっていたものの性能不足は深刻でした。 上記のDMP81Z搭載案であれば当時としてはかなりの高性能列車を実現可能で、現在にも通用する可能性があります。 そこでこのDMP81Z搭載案を130キロ運転可能に改造、耐寒耐雪構造を付加した設定でシミュレーションしてみましょう。
北海道では6両の中間客車では輸送量が不足します。 しかし動力集中方式のためあまり付随車を増やすと性能低下が顕著です。 現在の281系と対比するため中間客車を6両から8両の間で加速力を比較したのが次の図です。
重量増加の影響もあり、中間6両の編成で281系並、7両では性能不足であることが分かります。 次の図は中間客車6両の編成と281系との走行比較です。
両者の引張力特性の差から抜きつ抜かれつの状態です。 運転時刻表が次の図です。
281系よりわずかに勝っている状態です。
次は中間客車7両とした場合の比較です。
やはり7両を間に挟むと281系よりも遅れをとることとなります。
電気式の場合、振子式は純粋な自然振子とはいえ381系電車のものを流用可能で、性能的にも当時の技術で281系とほぼ同等の内燃列車を開発可能であったわけです。 しかも振動や騒音面で現在の気動車とは比較にならないくらい良質な特急列車が実現できたはずです。 ガスタービン列車計画の中止後、非電化区間の改善に長いブランクがあったことは残念です。 液体式気動車の振子化が実現し、輸送需要に柔軟に対応できる分散式から脱することはできなかったわけで、日本で集中方式の内燃列車が日の目を見ることは無かったのです。