内燃高速列車の可能性
1. 恐るべき新幹線
国土の特性や環境問題など厳しい制約から最高速度競争では世界のトップから脱落しかねない新幹線ですが、加速性能に関しては世界の高速列車界で異色の存在となっています。 当時の技術で320km/h運転を目指して設計された500系は編成出力で20MWに迫り、他に例を見ない高出力を誇ります。
加速性能もJR東海のマグレブやドイツのトランスラピッドなど非粘着の特殊な列車を除くと、ヨーロッパの最新鋭列車でも未だにこれを越えるものはありません。
次の図はスーパーノッチマンのデータを用いて、500系、N700系、スペインの350km/h運転用に開発されたVelaro
E、320km/h運転用に9100kWに出力増強したTGV Duplex、そしてイギリスで200km/h運転を行っている営業ディーゼル最速の液体式気動車Class
180 Adelanteの平坦線での加速力を示したものです。 参考にドイツで開発され上海で営業運転を開始したトランスラピッド(Transrapid)の性能データを登録して計算してみしました。 Transrapidの編成は1両当たり重量が約50トン、推進出力は3000KWに設定された場合の加速性能で、300km/hまで約95秒ちょっと、500km/hまで255秒程度で到達します。 1両当たり3000kWという途方もない出力を有効に活用できる非粘着推進の威力をまざまざと見せ付けていると言えるでしょう。
Velaro EというのはSiemensが積極的に取り組んでいる最新鋭高速電車で、4M4Tの動力分散方式をとり、スペイン以外にも減速比を高くして300km/h運転用として中国に売り込んだりされています。 1両2200kWの大出力電動車を組み込んでヨーロッパの高速列車としてはトップクラスの加速性能を実現していますが、500系、N700系には及びません。 オールM編成とは言え1両750馬力しかないディーゼル車では新幹線は言うに及ばず、Velaro Eにもまったく歯が立たない状態で、スタート時点に液体変速機の威力でClass
180がかろうじてトップの加速を示すものの、わずか15km/hを超えた時点でN700系の加速度に負けてしまいます。
このように現状の内燃車両の場合、電気推進の高速列車との性能差にはどうしようもないほどの隔たりがあるのです。
2. 2000馬力気動車
ではこれら高速電気鉄道にディーゼルで挑むにはどうすればよいでしょうか。 181系FAQでも書きましたが、それには出力を向上し、1両2000馬力のオールM編成の気動車を実現するしか方法は残されていません。 ディーゼルでそれは可能なのでしょうか。 Class 180が「750馬力のエンジンを床下に搭載し、狭軌の日本ですらキハ261が920馬力のエンジンを床下に搭載する時代です。 そしてアメリカにはなんと1200馬力の駆動用エンジンと175kWのディーゼル発電機を床下に積んだ気動車が実現しています。
この気動車は160km/h運転用で、高速仕様ではなく車体もかなり大型で、アメリカの厳しい耐衝突強度を満たしてることもあり空車重量も79トンに達していますが、600馬力の液体式ディーゼル動力セットを床下に2つ乗せてもまだスペースがあることから、標準軌の車体であれば1500馬力程度まで搭載できるかもしれません。 現在気動車用として床下に搭載可能な最大出力のエンジンはカミンズのQSK19辺りで、これを2台床下に搭載できれば1500馬力までなら目処が立つことになります。
しかし、1両2000馬力となると一気にハードルが高くなります。 機関車用の高速ディーゼルはありますが床下搭載はできません。そしてもし1000馬力級の床下搭載可能なエンジンが登場しても、それを2機も搭載するとなると相当軽量化に努力しても60トンに達するでしょう。
次の図は1両2000馬力で積車重量が65トンの気動車が実現できたという仮定で計算した加速性能です。 変速機は上記Adelanteにも採用されているヨーロッパで一般的なフォイトの流体継手付液体変速機を使用することとします。 これには2速の直結段がありますが直結といっても流体継手が常時介在するため最大効率は95%に届きません。 しかし、それでもTalgoなど直結段がなく常時液体式変速機に依存する機関車方式よりは大幅に高効率で、直結走行する高速域で有利です。
確かに1両2000馬力あれば重量が65トンになっても300km/h運転が可能なようです。 加速力はまだVelaro Eにも及びませんが実用的な加速が可能となっています。 なお、上記のシミュレーションでは高速での空気抵抗が500系並に軽減されたとして計算しています。 TGVは当初から小断面車体で客室が狭いという悪評がありましたが、高速域での走行抵抗が低減され、高速運転には適していました。 新幹線も高速化するにつれて同様の方向に進み、500系や700系では初代の0系と比べると300km/hでの走行抵抗が40%以上も低減されています。 果たして上記大出力気動車が小断面の小型車体を実現できるかが大きな問題となります。 16両編成が300km/hで巡航する場合、走行抵抗は空気抵抗が主体で、必要な出力は500系の7800kWに対し0系では13500kWにもなるのです。
3. 集中方式では
日本の新幹線と異なり、欧米では踏切のない専用新線以外での高速運転を要求される関係で先頭車両に乗客が乗車する動力分散方式は安全面で敬遠される傾向があります。 また、上記の2000馬力の気動車で快適な客室環境が確保されるかかなり疑問です。 そこで集中方式ではどうなるか調べてみましょう。 当然両端の動力車は大出力の機関車が必要となります。 編成出力は7両の客車を中間に挟むとして12000〜14000馬力程度が必要となります。 ここで問題となるのがそのような出力のディーゼルエンジンがどれだけ重くなるかです。 ディーゼル技術の進歩で従来重い、遅いといわれていたディーゼルもかなり小型軽量となりました。 しかし、それは高速ディーゼルと呼ばれるエンジンであり、その出力は3000馬力以下がほとんどです。 中速ディーゼルとなると重量あたりの出力は高速ディーゼルより大幅に低く、たとえ3000馬力の高速ディーゼルを2機搭載して電気式の機関車を設計しても1車体内に2機のエンジンを収めることは難しく、200トンを切ることは難しいでしょう。 現在最新の電気式ディーゼル機関車が4200馬力の中速ディーゼルを搭載して軸配置C-Cで126トンとなっています。
210トンで7000馬力の機関車が実現できたとして計算したのが下の図です。
平坦船での均衡速度は300km/hになりますが加速余力から考えると270km/h程度が実用的な営業速度となりそうです。 無論、これだけの規模の機関車となると最低でも軸配置B-Bの機関車2両に分散する必要があり、それでも軸重が25トンを超えてしまいます。 そのような車両を300km/hで走行させるには非常に強固な軌道を建設する必要があり、しかも走行による軌道破壊が激しく軌道のメインテナンスに膨大な費用を要することとなり、高速列車としてはとても使えない代物です。
4. ガスタービンパワー
ディーゼルでの高速列車の可能性をいろいろ妄想してみましたが、やはり300km/h運転というのは非常にハードルが高く、乗り心地を無視した気動車や途方もなく頑丈な線路を作らない限り実現は厳しいようです。 やはり非電化での高速運転は無理なのでしょうか。 最近では内燃機関以外の非電化(架線に依存しない)車両として燃料電池車や蓄電池車が脚光を浴びていますが、これらはディーゼル以上に重量的に不利なため、当面高速運転用の動力として注目されることはないでしょう。 そんな中、昔から何度も試みられては消えながら今でもかすかな期待が残されているものにガスタービンがあります。
ガスタービンはエンジン単体の超軽量性が目立ちますが、航空用とは異なり鉄道用を想定した場合、給排気・冷却・潤滑装置に加えて車輪までの動力伝達機構を含めた動力装置全体で見る必要があります。 しかもガスタービンは燃費を重視するかどうかで重量がかなり変化し、ディーゼル以上の効率を目指す限り水や蒸気の力を借りることとなり、その貯蔵、回収設備やボイラーなどを含めるとディーゼルに対する軽量性でのメリットがあまりなくなってしまいます。
高速列車用を想定する限り、燃費改善のための手段はせいぜい熱交換器を付けるところまでとなります。 エンジン単体では重量当たりの出力がディーゼルの数十倍に達するガスタービンですが、動力装置全体で見ると2〜3倍といったところが妥当のようです。 一方、最近ガスタービンに直結可能な高速回転の大容量発電機が実用化され、その重量は同出力のディーゼル用発電機の15%ほどしかありません。 そのため電気推進方式をとる場合、ガスタービンの優位性が顕著になります。 ディーゼル電気式では性能上の制約があるような高速列車の領域でもガスタービンであれば状況が変わってきます。 ガスタービン発電セットのほうが同出力の交流電気車の変圧器など電気設備よりも軽量になる状態で、TGVのプロトタイプであるTGV001がオイルショック後ガスタービン発電セットを降ろして電気運転に改造されたとき、車両重量はほとんど変化なかったほどです。 当時のガスタービン発電セットは減速歯車を介した4000rpm程度の低速回転の発電機を使用していたため比較的重いものでしたが、それでも電化による軽量化はなかったのです。
最新の技術で製作されたガスタービン車両としては現在、Bombardier社のJetTrainが唯一存在します。 様々な要因で営業列車は実現しませんでしたが、90トンで5000馬力を実現し、その車内の機器配置を見るとスペース的にまだかなり余裕があるようで、発電機も減速歯車を介した旧来の方式のため、高速発電機技術を採用すればあまり重量増加を伴わずに出力を上げるのは可能と思われます。
次の図は上記の動力集中方式で用いたインターシティ125(HST)の中間客車7両の両端にJetTrainをつないでシミュレーションを行ったものです。 出力はオリジナルのままで減速比を300km/hに改造しています。 この客車はディーゼル動力で高速運転するため標準軌車両としては非常に軽量化されているようで、アメリカのAcela Expressの客車と比較すると重量が60%ほどしかないのです。
これを見るとインターシティ125の動力車をジェットトレインに置き換えるだけで300km/h運転が可能なことがわかります。 さすがに電気車群には加速性能でかなり劣りますが、ディーゼルでは厳しい300km/h運転もガスタービンであれば現行の技術で到達可能なのです。
次の図は出力を7500馬力に増強した場合の性能です。 この場合、電動機をTGVのように客車側に分散するか、B-B-Bの軸配置にする必要があり、両端の動力車合わせて30トンの重量増加があると仮定して計算しています。 各曲線は色別に上の図と同じ列車です。
1両に1万馬力のガスタービン発電セットを搭載できれば大容量の重い大型変圧器を必要とする現在の交流電気車が挑んでいる360km/h運転も視野に入ってきます。
次の図は上記と同じ編成でさらに出力を上げ、1両1万馬力のガスタービン機関車が120トンで実現できた場合の加速を示しています。 減速比は360km/h運転に対応できるように変更しています。 交流機のEF500が100トン少々で6000kWを発生していることや、JetTrainの改良版に搭載が予定されていた3200kWの高速発電機単体の重量がわずか1トンと見積もられていたこと,、長さ2.2m、直径1mのパッケージに封止された発電機が重さわずか4トンで10725馬力を発生するという衝撃的な例を見ると10000馬力のガスタービン機関車の重量を120トンに抑えることは不可能ではないでしょう。
高速域での加速性能もほぼ500系と同じで、計算上は電気車と同等かそれ以上の非電化高速列車をガスタービンを使えば実現できる可能性があるのです。
これらはいずれも希望的観測に基づく妄想ですが、現実の出来事としてイギリスが非電化区間の高速化にジェットトレイン方式に関心を持っているというニュースも流れました。 世界のトップを切って非電化高速鉄道を実現したイギリスですが、その後はディーゼル方式の制約に阻まれて進歩がなく、電化もそれほど進んでいない関係で非電化での高速化にJetTrain方式はそれなりの存在感はあるようです。 もし採用されれば非電化での300km/h運転も夢物語ではなくなりますが、最近のような原油高騰が続く状況では省エネに逆行する高速列車を燃費の悪いガスタービン方式で実現するのは難しいでしょう。